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高松高等裁判所 昭和59年(行コ)4号 判決

控訴人(原告) 山内興業株式会社

被控訴人(被告) 国

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一申立

(控訴人)

一  第一次の申立の趣旨

1 原判決を取消す。

2 被控訴人は控訴人に対し、一一〇八万七〇〇〇円及びこれに対する昭和四八年七月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は被控訴人の負担とする。

4 仮執行宣言

二  第二次の申立の趣旨

1 原判決を取消す。

2 被控訴人が起業者として施行する一般国道五六号線改築工事による、控訴人所有の原判決別紙物件目録記載の各土地の収用に関し、昭和四八年六月一五日高知県収用委員会がなした損失補償額金一九二万七六五八円との裁決を、一三〇一万四六五八円と変更する。

3 被控訴人は控訴人に対し一一〇八万七〇〇〇円及びこれに対する昭和四八年七月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

4 訴訟費用は被控訴人の負担とする。

5 右3につき仮執行宣言

(被控訴人)

主文同旨

第二当事者双方の事実上の主張

次に付加訂正するほか原判決事実摘示のとおりであるからそれを引用する。

(控訴人)

一1  鉱業権者が公共施設等の設置により鉱業法六四条の制限鉱区において鉱物を掘採するには管理庁又は管理人の承諾を得ることを要するが、右の承諾があつた場合でも掘採し得る範囲はあくまでも施業案による規制(同法六三条)により定まるものであり、右承諾が得られない場合には最終的には通商産業局長の一般的な鉱業監督権に基づいて判断されることとなるわけであり、損失補償請求権の有無に関して同法六四条の制限を受ける物件についてのみ特に他の物件と異つた取り扱いをする理由はないものというべきである。

2  また公共施設等が設置された場合に掘採制限を受ける範囲は同法六四条の制限鉱区に限られないのであるからその場合同条を根拠として制限鉱区について損失補償義務を免れると解するのは均衡を失する。

3  更に鉱業権を妨害する目的で公共施設等を設置するなど濫用にわたるような場合においても同条の適用があることを理由に損失補償義務がないとするのは極めて不合理である。

以上のような理由からも同条は専ら保安上の見地から鉱業権の権利の行使を制限しているだけであつて鉱業権の内容自体を制限しているものではないからこのような公法上の制限があるからといつてそのために民事上の請求権が左右されることはないと解すべきであつて控訴人の損失補償請求権は肯定されるべきである。

二  鉱業権はその性質機能にかんがみ公共の福祉と調和するようもともと権利の内在的制約として鉱業法六四条による制限が予定されているとしても、その制限が鉱業権者の責に帰すべき事由によるものでない場合には鉱業権者が蒙るべき不利益に対し補償を要するものというべきである。

なお、控訴人は収用地及びその接続鉱区の土地の鉱業権者であるとともに所有者であり、約二〇年前から現に鉱業に従事していたものであつて、最高裁判所昭和五七年二月五日判決の事案と本件とは著しく事案を異にするものである。

(被控訴人)

控訴人は通産局の通達「鉱業法第六十四条の解釈について」(甲三九号証)を援用するが、この通達は二五年も前に出されたものであつて、最高裁判所昭和五七年二月五日第二小法廷判決(民集三六巻二号一頁)に反しているのみならず右最高裁判所判決の考え方はその後の同裁判所昭和五八年二月一八日判決(訟務月報二九巻八号一五七八頁)においてもその正当性が確認されているというべきである。

そうであるとすれば本件についても鉱業法六四条に定める施設の設置が鉱業権設定の後であつても損失補償をする必要はないというべきであるから右通達を根拠とする控訴人の主張は理由がない。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  当裁判所も控訴人の第一次請求は不適法であり第二次請求は理由がないもの、即ち被控訴人が収用地の補償金に鉱業権を含めず、収用地の接続鉱区に鉱業法六四条による制限を蒙つたことについて補償せず土地収用法七四条による残地補償をしないことは適法なものと判断する。その理由は原判決理由に説示のとおりであるからそれを引用し、更に第二次請求に対する判断として次のとおり付加する。

(一)1  控訴人は鉱業法六四条の制限を受ける制限鉱区の損失について他の物件と取扱いを異にする理由がなく、損失補償請求権が認められるべきである旨主張する。

しかしながら鉱業権は土地所有権等とは別個の権利で被控訴人からその掘採権を賦与されているに過ぎないものであるという性質からみて鉱業法六四条の制限を当然に内在させているものであるから同条による掘採制限によつては権利侵害があるとはいえず、損失補償請求権はないというべきであつて、これと性質を異にする他の物件や権利侵害の場合と同一に論ずることはできないから右主張は採用できない。

2  控訴人は鉱業法六四条の公共施設等が設置され同条の範囲外の鉱区についても掘採制限が行われた場合に損失補償請求権があることを前提として、それとの均衡上からも同条の制限鉱区について損失補償義務を免れない旨主張する。しかし鉱業法六四条の公共施設等が設置されたことにより同条の範囲外の鉱区についても同条の規定による制限のみによつてはその目的を達し難い場合、通商産業局長の施業案の認可(同法六三条)等により制限が行われることがあるのは所論のとおりであるが、その場合の制限もやはり鉱業権の前記性質から当然にこれを内在させているものとみるべきであるから、右制限によつて損失を蒙つたとしても損失の補償を請求することはできないものというべきで、その間に差別はないから控訴人の右主張は理由がない。

3  更に控訴人は鉱業権を妨害する目的で公共施設等を設置したような場合においても損失補償を請求することができないとするのは不合理である旨主張するが、そのような場合には不法行為を理由として損害賠償を請求することができるから、右の主張も理由がない。鉱業法六四条但書に違反し正当な事由なくして承諾を拒否した場合はそれを理由として損害賠償を請求すれば足りる。

(二)  控訴人は、鉱業権者がその責に帰すべき事由によらないで鉱業法六四条の掘採制限を受けるに至つた場合には損失補償を請求することができる旨主張する。しかし鉱業法六四条による掘採制限は公共施設等の管理運営上支障ある事態の発生を未然に防止することを目的として公共の福祉のために加えられた制限であつて、右制限はもともと鉱業権に内在するものであるから、鉱業権が設定され現に掘採が行われている鉱区に公共施設等が新らたに設置される等鉱業権者の責に帰すべき事由によらないで同条の制限を受けこれによつて損失を蒙つたとしても右公共施設等の設置によつて鉱業権に内在していた損失がたまたま現実化するに至つたものにすぎず、このような損失の補償を請求することはできないというべきである。右と見解を異にする昭和三四年一二月二二日鉱局第六四二号通達(甲三九号証)の見解は採用できず、控訴人の右主張は理由がない。

右通達の見解は昭和五七年二月五日の最高裁判所判決により支持できないものと判断されたといわねばならない。

(三)  なお控訴人は鉱業法六四条の制限によつて控訴人の制限鉱区の鉱業権が消滅したとして右鉱業権の価格相当の損失補償を請求するが、本件においては控訴人所有の鉱区内の一部の土地の所有権が収用されたのに過ぎず鉱業権そのものが収用されたものでないことは控訴人の主張自体から明らかであるところ、鉱業権は所有権とは別個の権利であるから鉱区内の一部の土地が収用されても、右土地の鉱業権が当然消滅するものではないのである。したがつて、控訴人は鉱業権の価格相当の損失補償を請求する権利はないものといわなければならない。更に、本件土地収用により土地の地積が減少しあるいは地形が不整形になるなどして残地の価値が減じたというわけでもないから、残地制限鉱区に安全対策上保安施設が必要となりこれに要する工事費相当の損失を蒙るとしても、このような損失は土地収用法七四条の残地補償の対象となるものではないから控訴人の請求はこの点からも理由がない。

二  よつて、控訴人の本件第一次請求を却下し、同第二次請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菊地博 福家寛 渡邊貢)

原審判決の主文、事実及び理由

主文

一 原告の第一次請求に係る訴えを却下する。

二 原告の第二次請求を棄却する。

三 訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 第一次請求の趣旨

1 被告は原告に対し、金一一〇八万七〇〇〇円及びこれに対する昭和四八年七月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二 第二次請求の趣旨

1 被告が起業者として施行する一般国道五六号線改築工事による、原告所有の別紙物件目録記載の各土地の収用に関し、昭和四八年六月一五日高知県収用委員会がなした損失補償額金一九二万七六五八円との裁決を、金一三〇一万四六五八円と変更する。

2 被告は原告に対し、金一一〇八万七〇〇〇円及びこれに対する昭和四八年七月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

三 第一次請求の趣旨に対する本案前の答弁

第一次請求にかかる訴えを却下する。

四 第一次及び第二次請求の趣旨に対する本案の答弁

1 原告の第一次請求及び第二次請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一 請求原因

1 被告は、昭和四七年九月一日一般国道五六号線改築工事(高知市及び春野町内)につき、建設省告示第一五三一号で事業認定の告示があつたとして、昭和四七年九月二六日高知県収用委員会に対し、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)の権利取得及び明渡しの裁決申請をなし、その理由として、

(一) 右工事は、高知市を起点とし、須崎市、中村市、宇和島市、大洲市を経て松山市に至る延長二八九・二キロメートルの四国南西部に通ずる唯一の幹線道路で、その改築については、昭和四五年度を初年度とする道路整備五か年計画の第二次改築工事で、昭和四九年度完成を目標としているところ、本件土地区間は、高知市の西南玄関に位置し、輸送はすべて幅員五・五メートル前後の道路に依存しているため、右国道における隘路となつている。従つて、これに対処するため新荒倉トンネルを設け、既存トンネルを下り線、新トンネルを上り線として利用すべく、これに必要な本件土地の取得に関して、その所有者である原告と任意交渉を重ねたが、妥結しない。

(二) 収用を求める本件土地の損失補償の見積り額は、昭和四七年九月一日の事業認定時における価格で、合計金一八〇万七九七〇円である。

と主張した。

2 これに対し原告は、本件土地の所有者兼鉱業権者として、収用、明け渡すべき土地の範囲及び土地に関する補償については、格別の異議はないが、原告は、本件土地及びこれに接続した一団の土地を所有し、かつ、これらの土地はいずれも石灰石の鉱区として、原告において採掘権を有し、前記事業認定の告示より遙か以前から現に稼動しているものであり、本件土地が収用せられ国道敷地として使用されることにより、収用地域である本件土地の鉱業権が消滅するばかりでなく、その接続地域についても鉱業法六四条の制限を受け、道路施設の地表、地下五〇メートル以内の区域については、保安施設の設置には地形上の制限が存しかつ莫大な経費を要することから、通商産業局長の認可を得られないことが明らかであり、事実上鉱業権が消滅し、莫大な損害を被ることになり、この損失と国道用地に供する目的でなされる本件土地の収用との間には、因果関係があることは明らかであるから、その補償を請求する旨主張した。

3 然るに高知県収用委員会は、上記鉱業権に対する補償につき、土地収用法八条三項前段の規定と、同法五条一項一号の規定とを総合して考えると、鉱業権は「土地に関する所有権以外の権利」に該当しないと考えるべきであるから、結局、原告は、同法六八条所定の補償請求権者には含まれないとして、この点に関する請求を却け、土地に対する補償のみを認めて、昭和四八年六月一五日(原告への告知日同月二一日)、前記の被告見積り金額に土地収用法七一条所定の修正率を乗じた金一九二万七六五八円を支払うべき旨の裁決をなした。

4 法定鉱物である石灰石の掘採、販売を業とする会社である原告は、公共施設である国道の敷地として強制的に収用された本件土地及びこれに接続する一団の土地の所有者で、かつこれらの土地を鉱区とする鉱業権者であるため、その鉱区の一部である本件土地を被告に収用され、これを国道用地に供せられた結果、その残地鉱区につき鉱業法六四条所定の地表、地下五〇メートルの範囲の鉱業権の行使につき制限を受けることとなつた。

5 被告は原告に対し、次の理由により、鉱業権行使の制限から生じる損失の補償をなすべきである。

(一) 本件土地の所有権の収用の場合においては、所有権以外の土地収用法五条列挙の権利のうち、同条一項一号の権利は同法八条三項前段の「当該土地に関して地上権‥‥その他の所有権以外の権利」に、同法五条一項二号、三号の権利は、同法八条三項前段の「その土地にある物件(鉱石、温泉)に関して所有権その他の権利」に当るものと解すべきであり、結局、鉱業権者である原告は、「関係人」として、同法六八条の補償請求権者に含まれる。

(二) 原告の被る損失は、同一の所有者に属し、かつ単一の経済的目的に利用されている連続した一団の土地の一部分が収用された結果、残地に関して生じる事業損失であるから、土地収用法七四条、昭和三七年六月一九日閣議決定「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」三一条ないし三三条に基づき、原告は、本件損失の補償を請求する。

(三) 原告は、被収用地や鉱区の土地について使用権を有しない単なる鉱業権者ではなく、被収用地及びこれを含むその接続鉱区の各土地の所有者兼鉱業権者として、事業認定の告示日である昭和四七年九月一日の約二〇年前から現に鉱業に従事していたのであるから、原告の被る損失は「特定の人に対する特別の財産上の犠牲」にあたり、原告は、被告に対し、憲法二九条三項に基づいて損失補償の請求をする。

6 原告の鉱業権消滅による損失額は、コスホルド公式により計算すると、別紙計算式のとおり金一一〇八万七〇〇〇円を下らない。

7 原告は鉱区の一部を収用されてそれが新国道となつたため、残地である本件制限鉱区については、道路管理者の承諾があつても、新国道が存在せず、旧国道のみの場合には保安施設に殆ど経費を投ずる必要がなかつたのに、新国道が出来たためその人車の通行等に対する安全対策上保安施設が必要となり、右残地制限鉱区の損失評価額金一一〇八万七〇〇〇円以上の工事費を投ぜざるを得なくなつた。原告は、予備的に右金額の限度において残地補償を請求する。

8 よつて、原告は被告に対し、損失補償請求権に基づき、金一一〇八万七〇〇〇円及びこれに対する昭和四八年七月二一日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求めるが、仮に右請求の前提として、高知県収用委員会が昭和四八年六月一五日になした裁決を変更することが必要であれば、右裁決の変更を併せて求める。

二 第一次請求に対する本案前の抗弁

収用委員会の裁決のうち損失補償に関する部分(裁決額)は、確認的行政処分として公定力を有するから、右裁決額を不服として争う者は、まず右公定力を排除するために、請求の趣旨において裁決額の変更を求めなければならない。

三 請求原因に対する認否及び反論

1 請求原因1ないし4の事実は認める。

2 同5は争う。

(一) 原告は、土地収用法八条三項前段に規定する「その土地にある物件に関して所有権その他の権利を有する者」の「物件」には鉱石等も含まれているとの解釈を行い、鉱業権者である原告が損失の補償を請求できる旨主張する。しかし、右の「物件」とは、同法同条同項前段の「当該土地に関して地上権、永小作権、地役権、採石権、質権、抵当権、使用貸借若しくは賃貸借による権利その他所有権以外の権利」との規定により明らかなように、収用にかかる土地(当該土地)所有権を基盤としてそこに存在する建物庭石等当該土地の所有権と密接なつながりをもつ物件をいうのである。一方、原告が主張する鉱業権は、鉱業法五条に規定するとおり、鉱区において同条にいう鉱物を掘採し、その掘採した鉱物の所有権を取得するという権利であつて、当該土地の所有権とは関係がないのである。更に、本件鉱区は収用された本件土地の範囲内に存在するものではないのであるから、右条項にいう「その土地にある」に該当しないことが明白である。したがつて、鉱業権者たる原告をもつて「関係人」と解することは失当というほかはない。

(二) 土地収用法七四条は、残地に関して生じる損失の補償について定めているが、同条は、同一の所有者に属し、かつ、単一の経済的目的に利用されている連続した一団の土地の一部が収用又は使用されたときの残地に対する損失補償の規定である。そして残地補償については、土地の一部が収用又は使用されたことにより、残地の価格が減じたり、その他残地に関して損失が生じた場合に、その損失を補償しなければならないとされている。

ところで、この「残地の価格が減じ」る場合とは、土地を収用又は使用した結果、残地の面積の狭小化・不整形化・隣接地との隣接関係の悪化等によつて残地に生じる交換価格の減少をいい、「その他残地に関して」生ずる損失とは、残地及び残地にある物件の利用価値の減少、残地の管理費の増大、残地にある工作物の移転料等、収用又は使用以前に比べて残地について生じる利用価値の減少分を指すものとされている。

そこで、本件についてこれをみると、なるほど原告の所有に属し、かつ、同人が鉱業権の目的としていた一団の土地の一部が収用され、その土地に国道が設置された結果、残地に存する本件鉱区の一部が、鉱業法六四条の制限を受けることになつたものではある。しかしながら、右鉱業権行使の制限は、鉱業権に内在する制約であつて、その内在的制約が国道の設置により、残地の鉱業権の一部にたまたま現実化したに過ぎないのであるから、前述のように土地収用法七四条にいう原告所有の「残地の価格が減じ」たものではなく、また、「残地に関して損失が生」じたものにも当らないのである。要するに、それは鉱業法六四条の制限が現実化したことによるものであるから、土地収用法に基づく残地に関する損失補償を適用する余地は全くないというべきである。

なお、原告は、昭和三七年六月一九日閣議決定「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」三一条ないし三三条に基づき、営業上の補償を求めている。たしかに、鉱業権の補償を考慮する場合、得べかりし利益に対する填補が基本となる点において営業補償と軌を一にするものではある。しかしながら、前記要綱においては、鉱業権の補償は、農業経営や漁業権等に対する補償と同様、その形態が一般の営業のそれと異なり、しかもその収益性が一般の営業よりも不確定要素を多く含むことなどのために、営業補償とは区別して農業経営及び漁業権等とともに、その消滅及び制限に対する補償規定が別途定められている。すなわち、鉱業権の補償については、前記要綱一八条又は二三条で定められているのであるから、原告の右主張も失当というほかはない。

(三) 鉱業権は、鉱区において鉱物を掘採しその所有権を取得する権利であつて、土地の使用権とは別個の権利であり、しかも土地所有権者との間の設定契約によつてではなく、国の固有の権能に基づいて、土地所有権とは全く独立に付与される権利である。そして、鉱業権者は鉱区内の地下の使用については、鉱業権の当然の効果としてこれを使用することができ、特に土地の使用に関する権利を必要としないとされている。

したがつて、鉱業権と土地所有権とは地下におけるその権利の行使について抵触を生ずる場合があるところから、鉱業法六四条において制限が設けられている。

右制限は、公共用施設や、これを利用する人々の災害防止という公共の福祉からする一般的な最小限度の制限であり、鉱業権についての創設的、内在的制約であることからして、たとえ鉱業権者自身が所有する土地であつても適用があり、かつ、公共用施設等の設置と鉱業権設定の前後に関係なく適用される。

3 同6の事実は否認する。

(一) 実質的には掘採制限されていないことについて

鉱業法六四条は、そのただし書において「当該管理庁又は管理人は、正当な事由がなければその承諾を拒むことができない。」と規定しているように、管理庁(建設省)は、道路管理等に支障のない限りこの承諾を与うべきものであるから、本件鉱区が受ける同条の制約は、単にその可能性があるということにすぎない。

ところで、右法条にいう「正当な事由」がある場合とは、鉱物の掘採によつて公共物等に対して社会通念上受忍し得ない程度の実害の発生が予想される場合をいうものと解されており(昭和三三年二月一〇日付け石局第一二八九号通産省石炭局長回答)、また、ある程度の危険ないし損害が予想されても、その損害が賠償によつて充分に填補されるものであるときは、承諾を拒否し得ないと解されている。更に同法六四条の二によれば、管理人に承諾を求めたが、その承諾を得ることができないときは、通商産業局長の決定を申請することができるとされている。ところが、同条は、管理庁の場合をことさら除外しているが、これは、管理庁の場合にあつては、正当な事由なくして承諾を拒否することはないと予想したものであると解されている。

しかして、これを本件についてみるに、本件鉱区について原告が鉱物の掘採につき道路の管理庁(建設省)に承諾を求めた場合、右管理庁においては、同法六四条の趣旨に基づき、道路の保安ないし道路管理等に必要と認められる保安施設(防護網等)を設置することを条件にその承諾をすることを明らかにしている。そうすると、本件鉱区についての鉱業権の行使は、右管理庁の承諾により、同法六四条本文による制約から全く解除されるのである。

なお、原告は、右保安施設の設置には鉱区の地形上の制限が存しかつ莫大な経費を要することから、施業案に対する通商産業局長の認可が得られないことが明らかであり、本件鉱業権は事実上消滅した旨裁決手続の過程で主張していた。しかし、設置に要する経費額の問題はともかく、設置することは可能であり、このように十全の保安対策をすれば、通商産業局長は施業案の認可を拒否することができない筈である。

(二) 損失がないことについて

仮に新国道が存在しないとして、掘採着手地点(四五メートルレベル)より高いレベルに存する石灰岩を通常のペンチカツト方式で掘採し、しかる後に四五メートルレベル以下の埋蔵石灰岩を下向きのペンチカツト方式で掘り下げて掘採する掘採方法によれば、掘採後が底の平らなすりばち状で残る(なぜなら、西に六六メートルレベルの町道、北に四五メートルレベル以上の民地、南に七〇メートルレベル以上の輝緑凝灰岩の厚い層が存し、東には旧道、民家等を防護するための残壁を置かざるを得ない。)ことになるため、立入禁止等の保護柵費及び排水施設費としての保安費合計六一万五〇〇〇円を、また、掘採によつて専用道路がなくなるため、その付替え道路建設費及び町道狭隘部の拡幅工事費として一五三八万円、下向きの掘採をするためのトラツク購入費として一四一二万円、火薬庫の移転費として二〇〇万円等追加起業費合計三四六五万一〇〇〇円を必要とすることになるが、これらの保安対策費及び追加起業費はいずれも鉱山開発の実践に即して合理的根拠を有するものばかりである。以上のとおり、科学的、合理的に掘採に関する事項を判断した結果、仮に新国道が無かつたとしても、石灰岩の掘採経営に関する限り、経済的採算性を有しない。

4 請求原因7は争う。

原告の主張する鉱業法六四条の制限を受ける範囲は施業案の認可も得ておらず、その状況はもちろん山林状を呈し、土地の一部が収用されたことによつて、その残地の利用状態に影響を与えるものは何も存在しないのであるから、土地収用法に基づく残地に関する損失補償を請求する余地は全くないというべきである。

もつとも、将来、前記制限区域にまで施業案を変更して鉱業を実施することとなつた場合には、保安施設の設置が必要となるものではある。しかしながら、右鉱業権行使の制限は、もともと鉱業権に内在する制約であつて、その内在的制約が、本件国道の設置により、残地の鉱業権の一部にたまたま現実化したにすぎず、本件国道用地の収用によつて生じたものではないから、いずれにしても原告右主張は、失当というべきである。

第三証拠〈省略〉

理由

一 まず、第一次請求に係る訴えの適法性について判断するに、土地収用法一三三条が収用裁決そのものに対する不服の訴えとは別個に損失補償に関する訴えを規定したのは、収用に伴う損失補償に関する争いは、収用そのものの適否とは別に起業者と被収用者との間で解決させることができるし、また、それが適当であるとの見地から、収用裁決中収用そのものに対する不服と損失補償に関する不服とをそれぞれ別個独立の手続で争わせることとし、後者の不服の訴えについては前者の不服の訴えと無関係に独立の出訴期間を設け、これにより、収用に伴う損失補償に関する紛争については、収用そのものの適否ないし効力の有無又はこれに関する争訟の帰すうとは切り離して、起業者と被収用者との間で早期に確定、解決させようとする趣旨に出たものと解されるが、収用裁決中損失補償に関する部分が行政処分として公定力を有することは明らかであるから、これを不服として争う者は、まず右公定力を排除するために、請求の趣旨において裁決額の変更を求めなければならないのであつて、これを求めていない第一次請求に係る訴えは不適法である。

二 よつて、第二次請求について判断するに、請求原因1ないし4の事実は当事者間に争いがない。

ところで、原告が本訴において求めている損失補償は、要するに、原告が鉱業権を有する鉱区の一部が被告に収用され、これを国道用地に供せられた結果、残地鉱区につき地表、地下五〇メートルの範囲において、原告の鉱業権の行使に制限を受けることとなつたために、原告が被つたとされる事業損失又は残地鉱区にて事業を行う場合に必要とされる保安施設工事費を内容とするものである。しかしながら、鉱業法六四条の定める制限は、道路等の公共施設及び建物の管理運営上支障ある事態の発生を未然に防止するため、これらの近傍において鉱物を掘採する場合には管理庁又は管理人の承諾を得ることが必要であることを定めたものにすぎず、この種の制限は、公共の福祉のためにする一般的な最小限度の制限であり、何人もこれをやむを得ないものとして当然受忍しなければならないものであつて、特定の人に対し特別の財産上の犠牲を強いるものとはいえないから、同条の規定によつて損失を被つたとしても、憲法二九条三項を根拠にして損失の補償を求めることはできないものと解される。更に、原告主張の土地収用法の各規定を検討しても、いずれも憲法上保障されていない損失補償を特に立法によつて認めたものではなく、憲法上の保障を具体化したにすぎないものと解される。よつて、その余の点につき判断するまでもなく、原告の第二次請求は理由がない。

三 以上によれば、原告の第一次請求に係る訴えは不適法であるからこれを却下し、第二次請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

物件目録〈省略〉

計算式

X=a×

〔注:ここに表示されていた表は出力されませんでした。この表はオンライン画面でご覧下さい〕

上記式にa(年収益)  2324万3599.3円

s(報酬利率) 0.09

γ(蓄積利率) 0.06

n(可採年数) 0.505716年

の各数値を代入して計算すると

X=1108万7982.5円

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